予備自衛官雑事記

予備自衛官のあれやこれや

予備自衛官廃止論への(今更ながらの)反論

 ※当記事は一般公開しても支障のない範囲で記述しておりますが、もし問題がある個所がありましたら筆者まで一報頂ければ幸いです。

 

 予備自衛官でネット検索していると「今すぐやめたほうがいい予備自衛官制度(著者 部谷 直亮氏)」という記事がよく引っかかります。何年も前の記事について書くのも今更ですが、あまりにも納得できない内容ですし、他に反論している方もいないようなので一文書いてみました。

 

 2011年の東日本大震災では、予備自衛官に対する初の招集命令が発令されました。しかし、打診に対して出頭可能と回答した予備自衛官は4497人とたった17%程度でした。しかも、実際に出頭できたのは103人と全体のわずか0.4%でした。これを受けて、財務省が制度見直しを防衛省に勧告し、対処しなければと慌てている構図なのです。

 

 東日本大震災時の出頭率の割合が低かったことを問題とされていますが、この数値は出頭調整の初期段階のもので、最終的には即応予備自、予備自ともに約7割が応招可能と回答しています(平成23年度中間段階の事業評価 予備自衛官等制度における信頼性の向上(大規模・特殊災害等に対応するための基盤強化及び予備自衛官室の新設))。ちなみに災害招集に応じなくとも罰則はありませんが、防衛招集の場合は招集義務違反に対する罰則が科せられています。

 

 当然ですが、当時は史上初の予備自衛官等災害招集で、防衛省・地本も災害対応中の招集事務であり、混乱の極みにあったと思います。また、予備自衛官の側でも出頭の打診に対して即答できるものではなく、会社や家族の状態を確認するため保留とした方が多かったのでしょう。ゆえに、初期は2割のみしか応招可能と回答できなかったのではないでしょうか。

 

 実際に出頭した予備自衛官が少なかったのも、防衛省側に有事の予備自運用について確固とした運用計画がなかったためだと考えられます。それでも最終的には即応予備自衛官延べ2210人、予備自衛官延べ496人が招集され被災地で任務に当たりました。

 

 ちなみに103人という数値は恐らく「財務省平成24年度予算執行調査資料 総括調査票(予備自衛官制度の運用)」あたりが元ネタだと思いますが、招集された予備自衛官の一部しか算入されてないと思います(大部分を占めた岩手、宮城、福島の招集者が除外されている)。

 

 で、この誤った前提を元に部谷氏は4つの理由をあげ予備自衛官制度を廃止すべきだと主張しています。

 

 その第1の理由は、制度自体が社会的に容認されていないからです。通常の訓練への参加は無論のこと、東日本大震災のような危急存亡時でも、予備自衛官が招集に応じなかったのは、職場がそうした行為を是認しなかったからです。つまり、日本社会自体が予備自衛官としての出頭よりも、自らの職場で義務を果たすことを望んでいる以上、予備自衛官制度は無理があるのです。

 

 まず事実誤認として前述の通り約7割の予備自衛官は出頭可能と回答していました。また、「日本社会自体が予備自衛官としての出頭よりも、自らの職場で義務を果たすことを望んでいる」だとすれば、予備自衛官制度が理解を得られるように一層のPR活動とインセンティブを実施していくべきでしょう。制度が社会的に許容されていないから無くしてしまえというのはあまりにも乱暴な議論です。

 

 第2の理由は、人道的かつ戦力としての問題です。年間5日しか訓練を受けていない人間を、たとえ基地警備等の「後方任務」だけであっても、「実戦」に出すのは、沖縄戦鉄血勤皇隊や「イスラム国」兵士よりも人道的にも戦力的にも問題なのではないでしょうか。そして、近年の作戦環境に鑑みた場合、有事の基地警備こそが最も重要かつ危険です。

 

 「年5日間しか訓練を受けていない人間なんて使えない」という仰りたいのでしょうが、予備自衛官には現役時代の数年から数十年にわたる勤務経験が、予備自衛官補出身者にしても50日の教育訓練を受けていることを認識されていないようにお見受けします。正規の軍事訓練を受けた人間は何の経験もない素人とは明らかに違います。

 

 それに、もし5日間しか訓練を受けていないのが問題だと仰るなら、予備自衛官転地訓練の割合を増やすとか、予備自衛官が訓練招集に出やすいように休暇を取得できるよう法改正するとかそういうアイディアを出すべきではないですか?

 

 さらに続いてストレステスト(これが何を指すか私はいまいち分からないのですが)を受けてない人間を過酷な状況に関与させるのは避けるべきだと文章は続くのですが、ならば予備自衛官にストレステストを受けさせれば? という話です。

 

 第3の理由は、確度の高いシナリオで役に立つかが疑問だからです。予備自衛官を招集しなければならない、もしくは招集する時点では手遅れだということです。

 

 仮に尖閣諸島などの戦いで自衛隊が壊滅し、人民解放軍の九州などへの上陸が現実化したとして、国民は戦争継続を望まないでしょうし、政治的には「耐え難きを耐え」講和すべきでしょう。

 

 そもそも、継戦したとしても、沖縄から北九州の拠点は中国からの弾道ミサイル等の攻撃で壊滅し、航空・海上戦力はほぼ払底した状況で予備自衛官を、どこに、どうやって投入するのでしょうか。

 

 いやいや、有事になった段階で自衛隊の部隊は駐屯地から前線に移動するんですよ? そのあとの駐屯地警備や恒常業務は誰がやるんですか? しかも勝っているにしろ、負けているにしろ戦争となれば部隊に損耗が生じます。その損耗を新規募集隊員で全部埋めるんですか? それらの事態に備えての予備自衛官ではないですか。

 

 東日本大震災では駐屯地業務隊の業務が飛躍的に増大し、招集された予備自衛官がその一翼を担いました。有事となれば開戦直後から予備自衛官が必要なのは間違いありません。

 

 第4は、我が国の自衛隊の役割です。

 

 中国国内の治安維持を担う人民解放軍、南侵のための北朝鮮の膨大な地上軍、そして、その北朝鮮に備える韓国軍、全世界に展開して戦闘を行う米軍、周囲の巨大な地上兵力と向き合うインド、パキスタンイスラエルの軍隊・・・。こうした軍隊と自衛隊は違うということです。

 

 では、部谷氏は自衛隊の役割をどのようなものだと考えていらっしゃるのでしょうか? 「米軍が来るまでの繋ぎなんだから、継戦能力が皆無で短時間で壊滅しても問題ない」と仰るなら確かに予備自は必要ないかもしれませんが、私はそれでいいとは思えません。

 

 部谷氏はこのような主張を述べられたうえで、「以下のような反論をよく受けます」と5つの反論に答えています

 

 例えば、第1の反論は、現在の予備自衛官の中でも、通訳や医師等の特殊技能者は残すべきというものです。しかし、これは「軍属」なり、他省庁と同じように、あらかじめ契約を結んで、臨時雇いの防衛事務官扱いにすればよいだけです。素人に階級を与えてややこしくするよりも、そちらの方が筋として正しいし、部隊を混乱させないでしょう。実際、米軍も通訳には階級を与えていません

 

 その「臨時雇いの防衛事務官」が有事に予備自衛官より確実に来てくれるという根拠は何なのでしょうか。ちなみに日米合同演習に行けば階級を持つ米軍の通訳はいくらでも見ることができますし(YouTubeにあがっている日米合同演習の動画でもたまに映ったりしてます)、階級を持たない者が軍隊組織の中に混じればそれこそ余計に部隊を混乱させるだけだと思いますが。

 

 また、予備自衛官の役割を「臨時事務官」代替させようとすれば、特殊技能者とはいえ比較的最前線に近い部隊にも配置される可能性がありますが、軍人ではないためハーグ陸戦条約の定義する捕虜の対象と見なされないリスクがあります。アメリカがわざわざ海洋大気庁に士官部隊を保有し、所属技術者に軍の階級を与えている理由もそれなのですが。

 

 第2の反論は、日本が直接侵略を受けた際にはとにかく人手が必要である、というものです。しかし、これは極めて蓋然性が低いシナリオです。仮に真剣に考えるとしても、年間10億円の予算で有志の退役自衛官によるNGOの「郷土防衛隊」創設を支援すればいい話で、わざわざ80億円の予備自衛官制度を維持すべき理由にはなりません。

 

 ですからその「有志の退職自衛官によるNGOの「郷土防衛隊」」が有事に予備自衛官より確実に(以下略)。そもそもNGOなら防衛招集時に予備自衛官に課せられる招集義務違反の罰則も適応されないわけで、まともに機能するかどうかも怪しいと思います。そもそも予備役と民間防衛組織を混同されていませんか?

 

 第3の反論は、「即応予備自衛官制度」は残すべきだという主張です。即応予備自衛官は、一般市民でもなれる予備自衛官とは違い、自衛隊出身者だけが志願でき、戦闘任務にも参加する、より即応性が高い実戦向けの自衛官です。しかし、これも23.7%しか実際には出頭せず、有効性に疑問が付きます。

  

 前述の通り、即自も約7割が応招可能と回答しております。東日本大震災ののち、熊本地震西日本豪雨、北海道胆振東部地で即応予備自衛官が災害招集されましたが応招者が少なくて派遣できないという事態は一度も発生していません。

 

熊本地震では、予定していた300人規模に対して162人の招集に留まりましたが、西日本豪雨では同じく300人規模の災害招集に対し最大266名が参加北海道胆振東部地震でも当初予定とほぼ同数の最大200名規模に達しています。

 

 第4の反論は、民間企業に危険を冒せとは言えない以上、技能者を予備自衛官として囲い込んでおくべきだというものです。

 

 民間企業に頼らず、自衛隊だけで戦うというのは、理想論としては素晴らしいでしょう。しかし、これは現実を無視しています。例えば、陸上自衛隊の通信系等は有事でもNTTに相当依存しています。離島への輸送にしても民間のフェリー等を使わざるを得ないでしょう。その意味で「民間活力に頼らない」という発想は現代戦では捨てるべきなのです。民間は信用できない、危険なことをさせない、ではなく、彼らのリスクを下げつつ、どのように巻き込むかが大事なのです。

 

 船員組合からの反対で民間の船員が活用できないから有事には予備自衛官で運用しようとしているのではないですか? そこら辺の事情はご存じないのでしょうか。

 

 第5には、有事に民間船舶を輸送用として危険な地域に突入させるために、船員を予備自衛官にしておくというものです。このために、予備自衛官制度を維持すべきだというものです。確かに自衛隊の輸送能力不足は離島防衛において深刻な課題ですし、もっともな主張に思えます。

 

 しかし、これについても間違いです。海上自衛隊側は2隻の高速輸送船に専従させる隊員がいないとしているようですが、それならば正面装備を削ってでも、隊員を回すべきですし、予備自衛官制度の予算で正規隊員を増員し、それを専従させるのが筋でしょう。そもそも、その予備自衛官に有事に拒否されたらどうするのでしょうか。

 

 防衛招集には招集義務違反に対する罰則があります。予備自衛官が招集を拒否することは出来ません。大体、平時に高速輸送船を自衛隊が直接保有するのは不経済だから、普段は民間会社が運用し、有事には予備自衛官によって運用させようというのがこの制度の趣旨でしょう。専従の隊員を配置して何もないときは遊ばせておくよりも予備自衛官で対応した方がよっぽど効率的だと思いますが。

 

 そして最後に部谷氏は予備自衛官制度廃止対する代替案を以下のように書かれています。

 

・元自衛官等を中心とする災害時や有事の避難や救難のための民間防衛NGOへの補助金(47億円)

・日本版「ROTC」(予備役将校訓練課程)に15億円(毎年75人採用)

・臨時事務官として特殊技能者への契約金12億円

・広報費等6億円

 

 やはり、予備役と民間防衛組織を混同されているようです。ROTCは現代日本で需要があるとは思いますが予備自衛官制度を廃止する理由にはなりません。むしろ同時並行で進めるべき制度です。「臨時事務官」なるものについても上述した通り予備自衛官を代替できるとはとても思えず、広報費6億円はそもそも意図が不明です。

 

 全体的にみて、2015年に書かれた記事であることを考慮しても、予備自衛官制度について制度の趣旨や現状を調べることもせず、思い付きだけで書かれたという印象しか受けない記事でした。

 

 予備自衛官等制度に様々な改善点があるのは勿論でしょう。ですが、事実誤認に基づいた軽薄な論評は国民の予備自衛官等制度に対する理解を低下させ、また予備自衛官の士気を低下させることにもつながりかねません。

 

 例えば、社員から「予備自衛官をやりたい」と申し出を受けた経営者が「予備自衛官ってどういう制度何だろう」とネット検索して部谷氏の記事を読んだとしたらどう思うでしょうか? 「なんだ、実際には立たない制度なのか。社員を行かせる意味もないな」と考えてしまうかもしれません。

 

 そういうわけで、反論がネット上に1つぐらいあっても良いかなと思い、今回この記事を投稿してみました。一応、関係資料等も調べてできるだけ正確な記事にしたつもりですが、もし誤り等ありましたらコメント等で教えていただけると幸いです。