予備自衛官雑事記

予備自衛官のあれやこれや

自衛隊の大規模接種センターに予備自衛官が動員されない理由

※当記事は公開情報を元に支障のない範囲で記述しておりますが、もし問題がある個所がありましたら筆者まで一報頂ければ幸いです。また記事の内容は投稿日現在のものです。

 

 現在、東京と大阪で自衛隊による大規模接種センターが運営されており、5月24日からコロナのワクチン接種が開始されるとの事です。

 

 この大規模接種センターの運用ですが、ワクチン接種は自衛隊だけで行うわけではありません。自衛隊医官、看護官に加え民間の看護師(報道によれば約200名程)が参加しています。ここで少し自衛隊に詳しい方なら「クルーズ船対応の時みたいに医療系の予備自衛官を招集すればいいんじゃないの?」と思われたかもしれません。

 

 確かにクルーズ船のコロナ対応では医師、看護師、通語学の資格を持つ技能公募予備自衛官が招集され任務に従事しました。一方で今回の大規模接種センターでは予備自衛官が招集されていません。近年では防衛省も災害時に即応予備自衛官予備自衛官の招集を当たり前のように行っていますので、この対応の違いについて疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。

 

 恐らく防衛省は大規模接種センターの話が持ち上がった段階で、予備自衛官の運用は難しいと判断したのではないかと思います。理由は色々と考えられますが、私個人の想像ではだいたい以下のようなものではないかと思います。

 

 まず第一に、招集期間の問題が挙げられます。今回の大規模接種センターは3カ月間の長期にわたり運営されます。当然、医療関係者を含めたスタッフは全期間を通じて勤務してもらう方が会場運営の効率上適当と考えられます。しかし現在、予備自衛官が災害招集される場合の招集期間は、概ね1週間から2週間です。これは、予備自衛官が生業を持っておることと関係しており、有体に言えば職場を長期間空けて招集に応じるという事が出来ないのです。考えてみれば分かると思いますが、現在の日本社会で1~2週間連続で職場を離れるというのは現実問題、難易度が高いものです。ましてや3ヶ月ともなれはほとんどの社会人が「無理」と答えるでしょう。

 

 もし大規模接種センターに予備自衛官を招集した場合、現状ではどうしても1~2週間で予備自衛官が交代でやってくるという形にならざるを得ません。会場側としたらそのたびに新しくやって来た予備自衛官に仕事内容を教えなければならず、せっかく仕事を覚えてきたと思ったら今度は招集解除でいなくなるという繰り返しとなり、運営効率が低下するという事態につながりかねません。それよりは民間の看護師を活用し3カ月間の安定した人材確保を目指した方が効率という観点からも良いかと思われます。

 

 第二に全国的なコロナ流行という状況下で医師や看護師である予備自衛官の招集が困難であるという事。先ほども述べた通り予備自衛官は生業を持っています。医療系の予備自衛官なら本業は病院勤務の医師や看護師だったりするわけですが、医療機関がコロナで逼迫している現在、更にそこから予備自衛官を招集するとなれば職場からの反発は必須ではないかと思います。予備自衛官本人としても招集に応じにくいでしょう。元々、災害招集は予備自衛官本人及び雇用企業の同意を得て招集する運用方法ですので、現状で招集を打診しても必要な人数を確保するのは難しいと思われます(ちなみにクルーズ船での予備自衛官招集人数は10名)。

 

 そもそも大規模接種センターのお鉢が自衛隊に回ってきたのも、既存の医療機関に余力が無いから自衛隊を活用するという主旨であって、そのために予備自衛官である民間の医療関係者を招集するというのは政策的にも矛盾していると言えるでしょう(じゃあ人材派遣会社と契約して民間看護師を集めるのは本末転倒じゃないかという話になりますが)。

 

 このような事情もあり、今回の大規模接種センターでは予備自衛官の招集が見送られたのではないかと個人的に予想する次第です。

 

追記(5月25日)

 

 自衛隊大規模接種センターと予備自衛官に関連する記事が出ていました。

 

news.yahoo.co.jp

 

 該当する部分を抜粋すると以下の通り。

 

佐藤)これは予備費等も含めて取る努力を我々もしますし、隊員の手当ということもできますが、今回少し変なのは、災害派遣ではないのです。千代田区の方が施設を病院のように指定して、「巡回診療」という形を取っているのですが、災害派遣ではなく普通の自衛隊の病院運営なので、予備自衛官が参加できないのです。予備自衛官の医師、看護官や薬剤師の方からすると、「なぜ自分たちを使わずに民間の看護師を使うのか」と。

 

飯田)派遣された看護師さんがやるわけですよね。

 

佐藤)準有事と考えるならば、使える隊員は使うべきで、予備自衛官が参加すれば現役隊員の負担も減って、本来任務の方にも運用できます。そのような準有事的な発想は必要だと思うのです。

 

※佐藤→佐藤正久参議院議員

 飯田→飯田浩司ニッポン放送アナウンサー)

 

 これについて調べたところ、4月27日の防衛大臣臨時記者会見で設置根拠について回答されていました。

 

www.mod.go.jp

 

防衛省において様々な病院を運営しております。自衛隊中央病院等々ですね、根拠としては同じような形でなるわけですけれども、自衛隊法の27条の1項及び自衛隊法施行令の46条3項の規定に基づいて、隊員の他、隊員の扶養家族、被扶養者等の診療に影響を及ぼさない程度において、防衛大臣が定めるところにより、その他の者の診療を行うことができるとされていることから、新型コロナウイルスワクチンの接種は自衛隊中央病院が果たすべき本来の任務の一つということで行ってまいります。

 

 要するに東京の自衛隊大規模接種センターは自衛隊中央病院が大手町合同庁舎3号館へ巡回診療に来ているという形になっているわけですね。

 

 予備自衛官即応予備自衛官の招集については防衛招集、国民保護(等)招集、治安招集、災害招集、訓練招集しか認められてないので、そのいずれにも該当しない今回の大規模接種センターには予備自衛官を招集出来なかったという訳です。

 

 米軍では遅延している業務に予備役を招集して当たらせるなど、平時の任務についても予備役を活用する仕組みがあるようですが、自衛隊では現行の制度上出来ないみたいですね。

 

otakei.otakuma.net

 

 今回の事例を元に、平時における業務についても予備自衛官を活用できるような仕組みを作ることができれば予備自衛官の運用も弾力性が増すでしょう。そうなると社会保険制度(長期の招集になった場合、国共済に加入するのか否か)等、解決しなければならない問題は多くあると思いますが、これらは結局有事になれば表面化する話ですので、これを機に考えて行くべき問題ではないかと思います。