予備自衛官雑事記

予備自衛官のあれやこれや

「コロナ対策で予備自衛官を招集しろ」は簡単に出来ない

※当記事は公開情報を元に支障のない範囲で記述しておりますが、もし問題がある個所がありましたら筆者まで一報頂ければ幸いです。また記事の内容は投稿日現在のものです。

 

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴い既にいくつかの都道府県で生活支援や教育支援で自衛隊災害派遣が行われております。直近では長崎のクルーズ船集団感染でも自衛隊に医療支援の災害派遣要請が行われたとの事です。

 

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 さて、医療関係者の負担も拡大する中、横浜港のクルーズ船の時と同じように予備自衛官を招集すればいいんじゃないかと思った方もいるかもしれません。横浜港のクルーズ船対応では医療系及び語学系の予備自衛官が招集されました。感染が日本全国に拡大した今、予備自衛官をもっと活用できればと考える人がいるのは確かに当然だと思います。

 

 生活支援や患者の車両輸送なら医療系の予備自衛官でなくとも従事可能だし、医療現場と自衛隊の負担を同時に軽減できれば一石二鳥です。実際に欧米では多くの国がコロナ対策で予備役を動員しています(アメリカ、フランス、スイス、カナダ等)。

 

 ただ、日本の場合は実際に予備自衛官を招集しようとすると非常に困難な問題に突き当たることになります。

 

 まず、第一に現状では医療系予備自衛官の招集が困難ではないかという事。基本的に予備自衛官は各々の本業を持ち生計を立てています。コロナ対策で必要とされる医療系予備自衛官特は主に医師、看護師等ですがその多くは普段、病院等で働いている医療従事者です。既に新コロナ対策の第一線で業務に従事している方も多いでしょう。新型コロナが感染拡大している現在、招集を打診してもそれに応じることのできる人は少ないのではないか。

 

 更にもし招集に応じることができたとしても二次感染する可能性が高い現場に投入された場合、招集解除後に2週間近い経過観察措置を設けなければなりません。それだけでなく、新型コロナ関連業務に従事したとあれば風評被害等にも気を遣わなければならない。確かに、横浜のクルーズ船で自衛隊は二次感染者ゼロという成果を出しましたが、だとしても予備自衛官を雇用する医療機関が現在、果たしてそのようなリスクを許容できるのか。

 

 一応、防衛省自衛隊では雇用企業協力確保給付金として、予備自衛官災害派遣招集に応じた場合及び公務中の負傷の為勤務できなくなった場合、日額3万4千円を支給するとしていますが、雇用企業からすれば実際の所「給付金が支給されても今は招集されてほしくない」というのが本音ではないかと思います(ちなみに予備自衛官が公立病院の職員である場合はその給付金すら支給されない)。

 

 では医療系以外の予備自衛官を招集しようとしたらどうでしょうか。患者の車両輸送や生活支援なら医療系でなくとも活躍の余地はありそうです。確かに、新型コロナの影響で会社自体が営業停止状態になっているところもあり、応招可能な予備自衛官もいると思いますが、逆にこんな事態だからこそ忙しくなっている業界もあります。また、新型コロナ感染を避けるために在宅勤務や自宅待機させている企業もあり、そんな中で感染の可能性がある場所に社員が行くというのは、予備自衛官本人にやる気があったとしても雇用企業として抵抗があると思います。

 

 もし新型コロナ対策で予備自衛官を招集し、新コロナ感染者を出したとあれば間違いなくニュース等で報道されるでしょう。結果としてリスクから企業が予備自衛官の雇用に消極的となり充足率の低下を招く可能性もあります。現在の日本には欧米と違いそこまでして企業が予備自衛官を雇用すべきという社会的素地はありません。

 

 横浜のクルーズ船で新型コロナが蔓延した当時は日本国内でこれほどまでに感染拡大するとは思われていませんでした。クルーズ船で事態が終息すればそれで解決だと国民の多くが思っていた。著名人が亡くなる前でそれほど危機感もなく、医療機関もまだまだ余裕があった時期です。だからこそ自衛隊も医療系や語学系の予備自衛官を招集することができた。

 

 ですが、現在は状況が違います。もちろん、東日本大震災や台風19号の時の様に予備自衛官を快く送り出してくれる雇用企業も多々あるでしょう。しかし、国内のどこもかしこも余裕がない現在、予備自衛官の招集は難しいのではないかと思います。

 

 また、予備自衛官を招集しても実際に活用できるのかという問題もあります。現在、自衛隊は軽症者への生活支援を初動の1週間程度とし、順次民間事業者や自治体に移行する取り組みを進めています。国防が本分である自衛隊として、派遣の長期化を避けるべく適切な段階で業務を移行する方針の様です。

 

 そもそも、今回の新型コロナについては厚生労働省地方自治体が一義的に対応すべき事案です。自衛隊がそこまで活動を拡大させていないという事は他の機関で対応が可能であるという事。以上の情勢を鑑み、欧米並みに状況が悪化しない限りは、防衛省予備自衛官の招集を考えていないか、あったとしてもごく一部に留めるだけではないかと思います。