予備自衛官雑事記

予備自衛官のあれやこれや

元自衛官から見た徴兵制と予備自衛官制度

※当記事は公開情報を元に支障のない範囲で記述しておりますが、もし問題がある個所がありましたら筆者まで一報頂ければ幸いです。また記事の内容は投稿日現在のものです。

 

 平成26年ごろに解釈改憲が議論の的となっていた頃、徴兵制についても集団的自衛権と絡める形でよく話題に上がっていました。

 

反対派からは「集団的自衛権を認めると徴兵制になる」

 

賛成派からは「ハイテク兵器が主体の現代戦で徴兵は役に立たない。現実性がない」

 

 と、何だかかみ合わない議論を繰り広げていたような記憶がありますが、世界に目を向ければロシアによるクリミア占領の影響から2015年にリトアニアが徴兵制を復活、スウェーデンも2018年に人材確保の問題から徴兵制を復活させました。

 

 では実際に現代戦で徴兵制は役に立たないのでしょうか。憲法的な問題は置いといて、今回は自衛隊の諸制度と照らし合わせて実際に徴兵が役に立たないのかどうかについて書いていこうと思います。

 

 ちなみに筆者は徴兵制について、状況によってそれが日本の独立のために合理的なら採用すればいいし、非合理的なら志願制でいいという立場です。

 

※ここでの徴兵制の定義とは、成人に達した男子の全部、もしくは一部を1~2年軍隊に入隊させる制度とします。

 

 よく言われるのが、

 

「現代の兵器はハイテク化されていて徴兵では扱えない」

「軍人が一人前になるには長い年月がかかる。短期間で除隊する徴兵は役に立たない」

 

 多分、徴兵制に対する反論として真っ先に挙げられるのがこのフレーズだと思います。

 

 確かに部隊の運用、ミサイルや電子機器、火砲の操作には長年にわたる技術の習熟と経験が必要なので、御説ごもっとも。でも、それってそもそも将校(幹部)とか下士官(曹)の役目じゃないでしょうか?

 

 一般的に軍隊では指揮官の手足となって行動する兵(士)が必要となります。陸上自衛隊の場合、兵(陸士)に該当する入隊コースは自衛官候補生と一般曹候補生ですが、入隊すると前期後期併せて6カ月の新隊員教育を受けてから部隊に配属され、実際に演習や恒常業務に従事することになります。

 

 部隊で陸士がやる仕事は陸曹の指示の元で各種作業に従事したり、演習では普通科中隊の場合、小銃手などとして班長分隊長の指揮下で行動し、文字通り手足として部隊の末端を支えます。

 

 5~6年目の陸士長ともなれば陸士のまとめ役としてある程度のリーダーシップを求められますが、基本的に指揮は陸曹がするものと考えられているので陸士単独での判断能力というものはそれほど求められません。何か簡単な作業させる際にも陸士だけでやらせることはまず無く、指揮官として陸曹がつけられます。

 

 その後、陸士たちは陸曹にならなければ早くて1任期(2年)、長くても3任期(6年)ほどで任期満了退職(一般曹候補生依願退職)し自衛隊を去ることになります。つまり、陸上自衛隊も陸士については徴兵制と同じように比較的短いサイクルで隊員を入れ替えていることになります。

 

 だからといって有事になった場合は「こいつは入ってまだ2年目だから防衛出動には出せないな」なんてことはなく当然、経験の浅い陸士でも最前線に出ることになります。というか、出さなかったら何のために自衛隊にいるんだという話です。

 

 要するに「現代の兵器はハイテク化されている」、「軍人が一人前になるには年月がかかる」は確かに事実ですが、一方で軍隊組織には未だに「ベテランの手足となる体力重視の若い兵士」が大量に必要であることも事実なのです。

 

 これは徴兵制を採用している軍隊も同様で、兵は徴兵によりますが古参下士官や上級将校はほぼ全員が職業軍人で構成されています。

 

 ここでもし、「短期間で除隊する徴兵は役に立たない」とするならば、約6カ月の訓練で部隊に配属され、最短2年で辞めていく任期制陸士は一体何のために存在するのかという事になります。

 

 更に言えば予備自衛官補が予備2士に任官するまでの訓練日数は50日。技能公募予備自補に至っては10日しかありません。予備自衛官任官後の訓練も通常は年5日です。即応予備自衛官にしても年30日の訓練で現職の自衛官と同じ任務をこなすことが期待されています。

 

 「徴兵は短期間で除隊するから役に立たない」と言い出せば、そもそも陸士や予備自衛官は全員役に立たないという話になりますし、そんな制度を運用している防衛省自衛隊の見識が問われる事になるでしょう(実際には陸士、予備自衛官即応予備自衛官共に災害派遣等で活躍しています)。

 

 現実にはイスラエルのように徴兵制でありながらも強力な軍隊を維持している国も存在しますし、スウェーデンの様に志願制移行後に人員と質の低下により徴兵制を復活させた国もあります。

 

 というわけで、

 

「現代の兵器はハイテク化されていて徴兵では扱えない」

「軍人が一人前になるには長い年月がかかる。短期間で除隊する徴兵は役に立たない」

 

 は必ずしも事実ではありません。

 

 徴兵が役に立つかは

 

「その国の情勢」

「軍の教育システム」

「教育する職業軍人の質」

「国民の徴兵制に対する理解度」

 

 等々様々な条件に左右されます。

 

 昨年、自衛官候補生の採用が5年連続計画割れというニュースがありましたが、少子化と民間の採用増により今後、急速な景気悪化でもない限り自衛官の募集活動は苦戦を余儀なくされると思われます。

 

 というか、はっきり言って就職氷河期リーマンショック後のように自衛隊が優秀な人材をいくらでも集められた時代はとっくに終わっています。給料を上げたらどうにかなるとか、最早そういう段階ではありません。

 

 我が国が徴兵制を採用することは少なくとも今のところはなさそうですが、それならば実際に戦場に派遣されているアメリカの州兵(パートタイムの兵士で年間訓練日数は約40日)やイギリスの国防義勇軍(民間人を訓練して予備役軍人とするもの。我が国の予備自衛官補制度に近い)を参考にして予備自衛官制度を効率よく運用できるようにするなど、新隊員募集以外の面でも改革を行っていかないと最終的には「戦わずして戦力減耗」みたいな状況になりかねません。

 

 徴兵制を否定するのはそれで構いませんし、筆者も今の日本に徴兵制は不要だと考えています。が、長期的に少子化が続くという我が国の状況を考えて、それでも必要な人員を確保できるだけの施策は考えて行かなければならないと思います。でないと、待っているのはスウェーデンのような「徴兵制の方が合理的」という結末かもしれません。