予備自衛官雑事記

予備自衛官のあれやこれや

日本版G.I.Billと、単純に給料を上げれば自衛官候補生が集まるわけではないという話

※当記事は公開情報を元に支障のない範囲で記述しておりますが、もし問題がある個所がありましたら筆者まで一報頂ければ幸いです。また記事の内容は投稿日現在のものです。

 

 任期制自衛官が任満退職後に大学進学する場合、防衛省が学費と入学金を補助する制度を導入する方針だそうです。条件として即応予備自衛官予備自衛官の登録が必要との事。

 

news.yahoo.co.jp

 

 まだ予算要求の段階ですので最終的に実現するかは未定ですが、以前に河野前防衛大臣ライブ配信で仰っていた日本版G.I.Billが遂に現実味を帯びてきました。

 

 現在、自衛隊では入隊する区分がいくつかありますが、自衛官候補生(略して自候生)は一定の任期(陸自は2年、海空自は1任期目3年、2任期目以降は2年)で入隊してくる隊員です。この自衛官候補生が現在深刻な定員割れに陥っています。

 

 今回の補助金制度は防衛省自衛官候補生入隊者を確保すると共に、定員割れが続いている即応予備自衛官の増加を狙ったものです。

 

 入隊者を増やしたいならこんな回りくどいことをせずに給与とか待遇を上げればいいじゃないかと思われる方もいるかもしれませんが、事はそう単純ではありません。

 

 自衛隊では、専門知識や技能を持つ幹部(将校)、曹(下士官)だけでなくそれらの手足となって部隊行動を支える士(兵)の頭数が必要となってきます。兵隊というのはどうしても若さ(体力)が重視されますので、自衛隊は士について定期的に入れ替えながら部隊の精強度を維持していかなければなりません。そのために任期制自衛官自衛官候補生)の制度を自衛隊は採用しています。

 

 要するに、自衛隊側も士の全員を曹にするつもりではなく、数年間だけ勤務すると想定の上で人員を採用しています。当然、入隊する側も、それは分かった上で入隊しています(勿論、自候生で入隊して曹になる人もいます)。

 

 数年後の退職を前提とする制度である以上、給与や福利厚生が若干改善したところで、実際に入隊してくる人間が増えるとは思えません(全く無意味とは言いませんが)。実際に私が入隊した時は、一般曹候補生、2等陸士(自候生より前の入隊制度)問わず同期の中で給与目当てに入隊してきた人間はほぼいませんでした(任満金に釣られたのはいましたが)。ましてや福利厚生なんて防衛共済の定期預金の利率が良かった位の記憶しかありません。

 

 それよりも任期制隊員にとって重要なのは退職後の生活がどうなるかです。私は援護を使わずに辞めたのでそこら辺の事情は分からないのですが、同期の中には大手企業に入社できた人もいればブラックな企業に就職して苦労している人もいました。

 

 日本の大学進学率は令和元年度で50%を超えております。退職予定者に防衛省が再就職先をサポートするのは重要な事だとは思いますが、この状況でそれだけでは物足りないのではないでしょうか。経済的に大学進学が難しい方や、進学できても卒業後の奨学金返済で苦労している方が多くいる現在(これを言うと経済的徴兵制だと言われそうですが)、任期満了した隊員の大学進学を防衛省が金銭的にサポートするのは、多少給与を増加させるよりも志願者増加に効果があると思います。

 

 今まで大学進学という目標に自衛隊入隊というステップはあまり考えられてこなかったと思いますが、これからは大学に入学する為に一旦自衛隊に入隊するという選択肢が増えます。自衛隊という進路に目を向けていなかった人々にも入隊のメリットをアピールする効果があるでしょう。

 

 ちなみに、もっと効果があると思われるのは国や地方公共団体の採用試験に任満退職者の枠を作る事だと思いますが、防衛省だけでは実現できない問題なのでこれは難しいでしょう。

 

 実際に自衛隊を任期満了退職して大学進学した場合に、学業と即応予備自衛官の両立は可能かという問題もあると思いますが、個人的な経験から言わせてもらうと問題ないと思います。

 

 即応予備自衛官の招集訓練でネックとなるのが30日の訓練の内、平日と被ることの多いD訓練(4日)、E訓練(3日×2)、F訓練(4日)です。ただ、大学生の場合は夏休み、春休み等があります。一般的な社会人よりかは予定も立てやすいでしょうし、そこまで日程調整に苦労することは無いでしょう。

 

 例えば、帯広地本に掲載されている即応予備自衛官の訓練予定表を見ても、8~9月前半の夏休みと2~3月の春休みを考慮に入れたら大学生にとって決して無理のないものになっていると思います。

 

www.mod.go.jp

 

 制度の細部については、何任期勤務したら補助金がもらえるのか、一般曹候補生は対象となるのか、任期の年数が違う陸自と海空自で扱いは変わるのか等々、解決しなければならない問題が多々あるとは思います。また、大学入学には学力が必要ですので、進学志望者に対しては勉強時間の確保に配慮することは勿論、AO入試、社会人入試の活用など多様な入試制度があることを教育していかないと、制度を作ったものの実際には活用されないという事態にもなりかねません。

 

 全てはこれからですが、自衛官候補生の志望者増加と即応予備自衛官の充足率向上につながる可能性は高いので、是非とも実現して欲しい制度だと思っています。