予備自衛官雑事記

予備自衛官のあれやこれや

充足率低下と予備自衛官等制度

※当記事は公開情報を元に支障のない範囲で記述しておりますが、もし問題がある個所がありましたら筆者まで一報頂ければ幸いです。また記事の内容は投稿日現在のものです。

 

 激戦が続くウクライナ情勢ですが、ウクライナ軍では正規軍だけでなく領土防衛軍(Сили територіальної оборони Збройних сил України)も戦闘や後方支援に参加しています。領土防衛軍とは平時に予備役や民間人を訓練し、有事の際に動員するもので、隣国のポーランドやイギリスでも同様の制度を採用しています(ポーランド領土防衛軍、イギリス国防義勇軍)。

 

 現代戦に俄か仕立ての兵隊は役に立たないと言われてきましたが、ウクライナ軍では予備役や民兵を効果的に運用できているようです。

 

 一方で、有事に予備自衛官等を効果的に運用できるのか疑問なのが防衛省自衛隊です。現職自衛官と同様の任務に当たる即応予備自衛官の充足率は50%近くにまで落ち込んでいます。予備自衛官については7割近い充足率ですが、訓練日数は基本的に年5日のみ。予備自衛官補についてもせっかく予備自衛官に任官したものの、仕事の都合やモチベーションの問題で数年で退職していく人も多いと聞きます。

 

 こんな状態で災害招集はともかく実際に有事となったら役立つのか、現状でははなはだ疑問でしょう。即急なる改革が望まれます。

 

 最も、このような状態なのは防衛省自衛隊だけの問題ではありません。まず充足率の問題から言えば、そもそも即自のように年間30日の訓練を受けるというのが現代日本社会では難しいという点が挙げられます。

 

 即自は訓練参加の為に年4~6日は平日の休みを取らねばならず、災害時には本人と雇用企業の同意によるとは言え1~2週間の災害招集で突発的に仕事を抜ける可能性があります。また万が一有事となれば数カ月から年単位の防衛招集がかかる可能性もあるわけです。

 

 自衛隊側も雇用企業に対しては即自一人に対し年間約50万円の給付金を出してはいますし、実際の招集となれば別途補償金が支払われますが、防衛問題に特段関心があるわけでもない経営者からしてみれば「割に合わない」というのが正直な所でしょう。

 

 結果として予備自衛官等(特に即自と予備自補)をやりたいと思っている人がいても仕事の都合上出来ないという人が多く発生してしまう訳です。

 

 これについては「消防団等充実強化法」(公務員が消防団との兼業を申請した場合、任命権者は原則認めなければならいと共に民間事業者に対しても従業員が消防団に加入、活動する際には出来る限り配慮すべきと定めたもの)のような立法的な対策が考えられますが、恐らく現代の日本でこれをやろうとすると色んな所から反対の声が上がると予想されるため、直近で実現する可能性は低いと思います。企業に対する給付金を上げるという手もありますが、これも昨今の厳しい財政事情では望み薄です。結局の所、防衛省自衛隊の長期的な広報、国民への制度周知に期待していくしかないでしょう。

 

 また、モチベーションの問題としては、予備自衛官の訓練日数が年5日と少なすぎるという点が挙げられます。さすがにこれだけでは練度の向上など不可能で、せいぜい次の訓練までに教育されたことを忘れないようにするのが精一杯となってしまします。これではモチベーションが上がるわけありません。かといって即応予備自衛官に志願しようとすれば年間訓練日数は一気に30日まで増えてしまい、ハードルが高い。

 

 そもそも予備自については本来年間20日以内の訓練招集と定められているのですから、訓練を受けたい人は上限まで受けさせることが出来たらと思いますが、予算や訓練担当部隊の受入能力の問題もあり難しいのでしょう。

 

 例えばもし仮に、予備自の訓練日数を現在の倍の10日にしたとした場合、単純に考えて訓練担当部隊の負担も2倍になるという事になります。その分、現職自衛官の訓練計画に影響が出てしまう訳で、現状では自衛隊の予備自に割ける資源はこれが限度なのだと思います。

 

 政府は防衛費をGDP比2%に増額するとの方針を打ち出していますが、そもそも予算優先度の低い予備自がこの恩恵を受けられるのか。余り期待は出来ますまい。

 

 要するに、予備自衛官等制度をより良いものに変えていこうとしても、定員割れしており、雇用企業の負担は増やせず、予算は無く、予備自の教育に割ける自衛隊の人的資源も限られている、という状態になるわけです。特に定員割れの問題は結構重大で、防衛省が「予備自衛官等の数を増やしたい」と予算要求しても、財務省から「定員を増やしても志願者が来なければ意味ないでしょ」と一蹴されてします

 

 充足率を上げる方法として、本業に対する負担を軽減し、なおかつ訓練を通じたモチベーション向上を図るという着眼が重要になると思います。例えばコア部隊(常備隊員と即応予備自衛官からなる部隊。平時は少数の隊員しかいないが、有事には即自を招集して任務に就く)に予備自衛官を所属させ、年間20日内の範囲で即自と共に訓練を受けさせるという方法が考えられるでしょう。

 

 即自の場合は30日間の訓練に出頭しなければなりませんが、コア部隊に所属する予備自に関しては5日以上、20日以内で可能な限り(土日だけでも)出頭してくれれば良いとすれば、仕事との両立も比較的容易でしかも練度の高い予備自の増加につながるでしょう(但し災害招集については即自の希望者を優先させる)。また、現在では一般公募予備自が所定の訓練を受けたうえで即応予備自衛官に任官することも可能ですが、これらについても教育修了後に即応予備自衛官になるか、予備自衛官としてコア部隊に勤務するか選択できるようにすれば、公募予備自衛官からの志願者増加も見込めると思われます。一般予備自補が予備自衛官任官後にモチベーションが低下して辞めてしまうという事態も減少させられるでしょう。

 

 また、予備自衛官の招集訓練では今までの現職自衛官予備自衛官を教育する方法に加えて予備自衛官予備自衛官を教育するというのも考えてみては良いのではないかと思います。予備自衛官の中で常備自衛官として一定の経験がある者、若しくは所定の訓練を受けたものに対し資格を付与し、招集訓練時に予備自衛官の教育に当たらせるわけです。定年退職組を活用するのが一番容易かと思いますが、若い世代の予備自衛官についても別途集合教育を行えば活用できるのではないでしょうか。警備訓練等の指導はある程度時間を要するかもしれませんが、基本教練や射撃予習は時間をかけずとも十分可能だと思います。予備自衛官の能力向上を図れる上に常備隊員の負担も減らすことも出来き、訓練日数の増加にも貢献できます。ちなみに前述のウクライナ領土防衛軍でも退役軍人が訓練教官として参加しているそうです。

 

 これにより従来の5日間訓練に加えて週末を利用した2日間訓練を隔月でも実施出来れば訓練が短期間に反復されることによって内容も定着しやすくなり、年1~2回訓練を受けるだけに比べて効率的な練度向上が見込めると思います。

 

 今回は充足率と絡めて予備自衛官の訓練の話をしてみました。よく聞く、一般予備自補上がりの予備自がモチベーションを保てなくなって辞めてしまう理由も、予備自衛官の訓練内容がいまいち充実していないという点が挙げられると思います。訓練内容が充実していると、練度が向上すると同時にモチベーションも上がり、充足率の向上につながりやすい。上記の他にも、例えばeラーニングの活用(予備自衛官補では既に導入しているようですが)など、訓練機会を増やす方法は色々あると思います。防衛省自衛隊には既存の制度にとらわれず多様な訓練機会の提供を進めてもらいたいと存じます。